「花の中心」を見れば、本物がわかる

「花の中心」を見れば、本物がわかる

一凛堂の店主に聞く、素材と技のこだわり

良い素材を選び、その素材を活かしきる技で仕上げる。 言葉にすればシンプルですが、つまみ細工において、この二つを妥協なく貫くのは、思いのほか難しいことです。

今回は、一凛堂のものづくりの核心へ。どんな素材を、どんな技で花に変えているのか。店主に、じっくり聞いていきます。

すべては「生地」から始まる

一凛堂のこだわりは、まず素材から始まります。メインに使うのは、福島県川俣(かわまた)地方で織られる、極薄の羽二重(はぶたえ)― 「川俣羽二重」と呼ばれるシルクです。「つまみ細工は、いろいろな材料で作れます。布でも、ちりめんでも。でも私たちは、何よりまず生地を大切にしています。極端に言えば、仕上がりの良し悪しは、生地でほとんど決まると思っているくらいです」と店主は言います。

なぜ、そこまで生地にこだわるのか。 その答えは、つまみ細工という手仕事の成り立ちそのものにありました。

一晩、糸を濡らして織る ―「濡れ緯」という手間

川俣の羽二重が特別なのは、「濡れ緯(ぬれよこ)」という技法で織られているからです。

横糸を一晩かけてしっかりと濡らし、その湿らせた糸で織りあげていく。ひと手間どころではない、根気のいる工程です。けれど、こうして織られた生地は、繊維がぎゅっと締まり、縦にも横にも歪みの出にくい、しなやかで密度の高い布になります。

「つまみ細工は、小さく切った布を、指先できっちりとつまんで形をつくる仕事です。だから、生地そのものに歪みやクセがあると、どんなに腕の良い職人でも、整った花にはならない。歪まない生地であること ― それが、すべての出発点なんです」

極薄でありながら、透けるような繊細さと、確かなコシを併せ持つ。一見すると相反するこの性質を両立できるところに、川俣羽二重の凄みがあります。

世界のメゾンも認めた、川俣のシルク

この川俣の「濡れ緯のシルク」は、日本国内にとどまらず、ヨーロッパの名だたるメゾンブランドにも素材として認められているといいます。軽やかで美しいその風合いから、「エアリーシルク」とも呼ばれています。

一凛堂が使うのは、川俣の織元 ― 紺野機業場(こんのきぎょうじょう) が織りあげた生地です。

「安い生地を選べば、原価は抑えられます。でも、それでは一凛堂の花にはならない。信頼できる織元の、確かな生地を使う。そこは、譲れないところなんです」

良い花は、良い生地から。一凛堂のものづくりは、その揺るがない一点から始まっています。

接着剤ではなく、「でんぷん糊」を使う理由

良い生地を選んだら、次はそれを花に仕立てる技です。ここにも、一凛堂のこだわりがあります。

花びらをとめるのに使うのは、昔ながらの でんぷん糊 。いまのつまみ細工は、扱いやすい接着剤(ボンド)で作られることが多いのですが、一凛堂はあえて、手間のかかる江戸の技法を守っています。

「ボンドは、生地の接した面だけでくっつきます。でも、でんぷん糊は、生地に染み込んでいくんです」

でんぷん糊は水分を含みながら繊維にしみ込み、面で ― つまり立体的に生地をとらえます。点ではなく広い範囲で支えるから、花びらが取れにくく、長く美しさを保てる。手間はかかっても、つくりの確かさが違ってくるのです。

「花の中心」を見れば、本物がわかる

さて、ここで「良いつまみ細工を見分けるコツ」をひとつ。 ポイントは、花の中心 にあります。

 

つまみ細工を作るうえで、いちばん難しいのが、花びらを寄せて、中心をぴたりと合わせること。ここがうまく合わないと、中心に隙間や乱れが生まれてしまいます。

「中心が合わないときは、そこに"華芯(かしん)"という別のパーツを載せて、隠すんです。そうすれば、見た目はととのいますから」

つまり、中心に飾りが載っている花のなかには、乱れを覆い隠しているものもある、ということ。けれど ―

「一凛堂の花は、中心まできれいに詰まっています。だから、華芯を載せて隠す必要がない。中心の詰まり具合を、そのまま見ていただけるんです」

中心がぎゅっと詰まっていて、その美しさをそのまま見せられること自体が、技術の証 。 もしつまみ細工を手に取る機会があったら、ぜひ花の真ん中をのぞいてみてください。そこに、つくり手の腕が、いちばん正直に表れています。

 



おわりに

歪まない生地を選び、染み込む糊で確かに仕立て、中心まで美しく詰める ― 一凛堂の花のひとつひとつには、素材と技、の両方への妥協のないこだわりが込められています。

小さな花飾りの、その中心に宿る確かさ。 それは派手な装飾ではなく、見る人がふと近づいたときに、静かに伝わってくる美しさです。

さて、ここまで歴史・職人・素材と技をたどってきました。 最終回は、これらの取材を重ねた書き手自身の話を。たくさんのつまみ細工を見るうちに、その見え方がどう変わっていったのか ― 取材を終えての、あとがきです。 

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